日暮里富士見坂から富士山の眺望の確認 [ダイヤモンド富士]
2014/01/19(日) 取材
日暮里富士見坂のダイヤモンド富士は、毎年1月29日~31日の間に見られます。ダイヤモンド富士観測ファンとしては、血が騒ぎます。
#01、昨年(2013/01/29 16時55分)の富士見坂からのダイヤモンド富士
昨年、富士見坂からのダイヤモンド富士観測に関し、新聞報道等で、「富士見坂から富士山の見える方向にビル建設計画があり、このような写真は、二度と撮れなくなるだろう」という記事がありました。
先日、1月19日(日)、谷中での邦楽の演奏会を聞きに行ったついでに、日暮里・富士見坂の現状確認に行きました。
#02、03、富士見坂近くの「諏訪台ひろば館」と「富士見坂関連の掲示板」
#04、掲示板(#03)に貼ってある、ビル建設反対要望書(ちらし)
本画面では、ブログ掲載の制約上等から、下半分をカットしましたが、タイトルは「こんな富士見坂にしないでください」と書いてあります。ちらしの文章は、画面でも読めると思いますが、念のため、テキストにも落としました。
『<わたしたちは富士山を見続けたい>
日暮里富士見坂は都心で唯一、地面に立ったまま富士山を望むことのできる「富士見坂」です。
その富士山の姿が、不忍通り千駄木三丁目に建設中の賃貸マンション(設計・施工、生和コーポレーショ)によって消えてしまいます。
伝統的な眺望は「文化遺産」と表明する、ユネスコの諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)は、日暮里富士見坂からの富土山への眺望は守られるべきであると決議し、「イコモス勧告」を関係者に通達Lました。
勧告を受けた荒川区・文京区は、日暮里富士見坂からの眺望の保全と、次世代への継承に賛同し、建築主及び設計施工会社に眺望への配慮を要請しています。
しかし、建設工事は始まり、止まりません。
「日暮里富士見坂を守る会」は、十二年前より活動をはじめ、眺望線上の地権者への理解を求めてきました。
今回も眺望が保全される設計への変更を提案し、話し合いの場を持ちたいと何度も申し入れています。
しかし、その機会はいまだ得られておりません。
お顧いです。この風景を守ってください。 敬具』
#05、要望書の一部・・・現在、富士山が見えるラインのまん真ん中に、ビルの建設計画があるという説明図
#06、要望書の一部・・・もし、計画のビルが、建設されたら、富士山は全く見えなくなると言うシュミレーションの図(コンピューター予測図)
#07、富士見坂の入り口
このT字路を左に入った所が富士見坂です。
#08、09、富士見坂から富士山方向を望む
さて、昨年富士山が見えた方向は?と確認すると、黒っぽいビルが、富士山の眺望を塞ぐように既に建っていました。
#10、#06のコンピューター予測図と同じ画角での富士見坂からの画像(実写)
このクローズアップ写真を見ると、悲しくも、コンピューターの予測図どおりに、ビルが建設されたことがわかった。
残念ながら、富士見坂から富士山はほとんど見えなくなるのが確認出来た。当然ダイヤモンド富士の観測も出来ません。昨年までのダイヤモンド富士観測日には、ダイヤモンド富士観測ファンが押しかけるという光景は見られないでしょう。
#11、教育委員会の「あらかわの史跡・文化財」説明板
この説明板の文章は、いずれ修正することになるでしょう。
#12、日暮里谷中千駄木子供会の呼びかけの文章
西日が斜めに呼びかけ文章の紙に当たって、文章が読みづらいので、テキストに落としました。
『お願い
富士山を見に来た皆さんにお願いがあります。
わたし達、僕たちの大好きな富士山が、ここから見られなくなると大人の人達から聞きました。原因は新大久保という所に新しく大きなビルが、立ってしまうからです。
わたし達、僕たちでは、何も出来ないので、”協力して下さい。(高くしないで下さい。)
石原東京都知事に、お手紙を書いて下さい。そして、石原都知事も、ここに来て、わたし達、僕たちの大好きな、富士山を見てほしいです。
東京で最後の富士見坂を守ってください。
日暮里・谷中・千駄木 子供会代表 』
富士山の眺望を遮るビルが建っても、子供会の呼びかけの文はが掲示されていましたが、子供たち(&大人たち)の無念さの象徴か?
#13、富士見坂の頂上(東端)坂の東端・突き当たりは、お寺になっています(浄光寺)。
#14、帰路
都内での、ダイヤモンド富士観測のメッカ的場所だった富士見坂! ここから、ダイヤモンド富士はもう観測することが出来ないことがわかり、さびしく残念な気持ちで、日暮里駅に向かいました。
END
日暮里富士見坂のダイヤモンド富士は、毎年1月29日~31日の間に見られます。ダイヤモンド富士観測ファンとしては、血が騒ぎます。
#01、昨年(2013/01/29 16時55分)の富士見坂からのダイヤモンド富士
昨年、富士見坂からのダイヤモンド富士観測に関し、新聞報道等で、「富士見坂から富士山の見える方向にビル建設計画があり、このような写真は、二度と撮れなくなるだろう」という記事がありました。
先日、1月19日(日)、谷中での邦楽の演奏会を聞きに行ったついでに、日暮里・富士見坂の現状確認に行きました。
#02、03、富士見坂近くの「諏訪台ひろば館」と「富士見坂関連の掲示板」
#04、掲示板(#03)に貼ってある、ビル建設反対要望書(ちらし)
本画面では、ブログ掲載の制約上等から、下半分をカットしましたが、タイトルは「こんな富士見坂にしないでください」と書いてあります。ちらしの文章は、画面でも読めると思いますが、念のため、テキストにも落としました。
『<わたしたちは富士山を見続けたい>
日暮里富士見坂は都心で唯一、地面に立ったまま富士山を望むことのできる「富士見坂」です。
その富士山の姿が、不忍通り千駄木三丁目に建設中の賃貸マンション(設計・施工、生和コーポレーショ)によって消えてしまいます。
伝統的な眺望は「文化遺産」と表明する、ユネスコの諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)は、日暮里富士見坂からの富土山への眺望は守られるべきであると決議し、「イコモス勧告」を関係者に通達Lました。
勧告を受けた荒川区・文京区は、日暮里富士見坂からの眺望の保全と、次世代への継承に賛同し、建築主及び設計施工会社に眺望への配慮を要請しています。
しかし、建設工事は始まり、止まりません。
「日暮里富士見坂を守る会」は、十二年前より活動をはじめ、眺望線上の地権者への理解を求めてきました。
今回も眺望が保全される設計への変更を提案し、話し合いの場を持ちたいと何度も申し入れています。
しかし、その機会はいまだ得られておりません。
お顧いです。この風景を守ってください。 敬具』
#05、要望書の一部・・・現在、富士山が見えるラインのまん真ん中に、ビルの建設計画があるという説明図
#06、要望書の一部・・・もし、計画のビルが、建設されたら、富士山は全く見えなくなると言うシュミレーションの図(コンピューター予測図)
#07、富士見坂の入り口
このT字路を左に入った所が富士見坂です。
#08、09、富士見坂から富士山方向を望む
さて、昨年富士山が見えた方向は?と確認すると、黒っぽいビルが、富士山の眺望を塞ぐように既に建っていました。
#10、#06のコンピューター予測図と同じ画角での富士見坂からの画像(実写)
このクローズアップ写真を見ると、悲しくも、コンピューターの予測図どおりに、ビルが建設されたことがわかった。
残念ながら、富士見坂から富士山はほとんど見えなくなるのが確認出来た。当然ダイヤモンド富士の観測も出来ません。昨年までのダイヤモンド富士観測日には、ダイヤモンド富士観測ファンが押しかけるという光景は見られないでしょう。
#11、教育委員会の「あらかわの史跡・文化財」説明板
この説明板の文章は、いずれ修正することになるでしょう。
#12、日暮里谷中千駄木子供会の呼びかけの文章
西日が斜めに呼びかけ文章の紙に当たって、文章が読みづらいので、テキストに落としました。
『お願い
富士山を見に来た皆さんにお願いがあります。
わたし達、僕たちの大好きな富士山が、ここから見られなくなると大人の人達から聞きました。原因は新大久保という所に新しく大きなビルが、立ってしまうからです。
わたし達、僕たちでは、何も出来ないので、”協力して下さい。(高くしないで下さい。)
石原東京都知事に、お手紙を書いて下さい。そして、石原都知事も、ここに来て、わたし達、僕たちの大好きな、富士山を見てほしいです。
東京で最後の富士見坂を守ってください。
日暮里・谷中・千駄木 子供会代表 』
富士山の眺望を遮るビルが建っても、子供会の呼びかけの文はが掲示されていましたが、子供たち(&大人たち)の無念さの象徴か?
#13、富士見坂の頂上(東端)坂の東端・突き当たりは、お寺になっています(浄光寺)。
#14、帰路
都内での、ダイヤモンド富士観測のメッカ的場所だった富士見坂! ここから、ダイヤモンド富士はもう観測することが出来ないことがわかり、さびしく残念な気持ちで、日暮里駅に向かいました。
END
箏エクスプレス第2回演奏会/2014年1月26日(日) 於:アミュゼ柏 クリスタルホール [演奏会]
2014年01月26日(日) 取材
箏演奏家の中島裕康君が、「箏エクスプレス第2回演奏会」に出演するというので、聴きに伺いました。
<中島君のイベント招待PR文(そのまま転載)>
皆様ご存知、つくばエクスプレス線。
その沿線上に在住する、東京芸術大学邦楽科生田流箏曲専攻の同窓生が集まり、2012年春に結成。それが「箏エクスプレス」今の所つくばエクスプレスさん非公認。TXとくればKX。
それぞれ世代はバラバラですが、「地元で上質な音楽」をテーマに、精力的に音楽活動しております。
前回好評頂いたコンサートから一年、待望の第2回公演です。
古典から現代、箏、三弦、尺八、二十弦までも幅広く、とにかく盛り沢山な内容です。
2014.1.26 箏エクスプレス コンサート2
〜つくばエクスプレス沿線 芸大邦楽科卒業生による〜
#01、演奏会場:アミュゼ柏
千葉県柏市柏6丁目2−22
#02、演奏会場クリスタルホール・ロビー
この日は1月なのに春のような陽気で暖かかった。
#03、ホール&ステージ
感じの良い響きのホールでした。
#04、プログラム・表紙
#05、アンコー演奏時
#06~09、プログラム(曲解説)
※アンコール曲あり。
「世界の民謡メドレー(線路は続くよどこまでも、木曾節、ダニーボーイ、フニクリフニクラ等)」
約2時間(休憩含め)、伝統的邦楽&現代邦楽をたっぷり楽しませてもらえました。
ありがとうございましたm(__)m
#10・11、演奏者プロフィール
※プロフィール文は、プログラムから引用。演奏者画像はきたろうオリジナルです。
演奏お疲れ様でした(*^_^*)
左:賛助出演渡辺元子さん(尺八)、右:中島裕康君(箏)
箏演奏家の中島裕康君が、「箏エクスプレス第2回演奏会」に出演するというので、聴きに伺いました。
<中島君のイベント招待PR文(そのまま転載)>
皆様ご存知、つくばエクスプレス線。
その沿線上に在住する、東京芸術大学邦楽科生田流箏曲専攻の同窓生が集まり、2012年春に結成。それが「箏エクスプレス」今の所つくばエクスプレスさん非公認。TXとくればKX。
それぞれ世代はバラバラですが、「地元で上質な音楽」をテーマに、精力的に音楽活動しております。
前回好評頂いたコンサートから一年、待望の第2回公演です。
古典から現代、箏、三弦、尺八、二十弦までも幅広く、とにかく盛り沢山な内容です。
2014.1.26 箏エクスプレス コンサート2
〜つくばエクスプレス沿線 芸大邦楽科卒業生による〜
#01、演奏会場:アミュゼ柏
千葉県柏市柏6丁目2−22
#02、演奏会場クリスタルホール・ロビー
この日は1月なのに春のような陽気で暖かかった。
#03、ホール&ステージ
感じの良い響きのホールでした。
#04、プログラム・表紙
#05、アンコー演奏時
#06~09、プログラム(曲解説)
※アンコール曲あり。
「世界の民謡メドレー(線路は続くよどこまでも、木曾節、ダニーボーイ、フニクリフニクラ等)」
約2時間(休憩含め)、伝統的邦楽&現代邦楽をたっぷり楽しませてもらえました。
ありがとうございましたm(__)m
#10・11、演奏者プロフィール
※プロフィール文は、プログラムから引用。演奏者画像はきたろうオリジナルです。
演奏お疲れ様でした(*^_^*)
左:賛助出演渡辺元子さん(尺八)、右:中島裕康君(箏)
丸の内トラストシティ・ランチタイムコンサート/2014年1月23日(木)/石川悠子(P)、大塚茜・双木千鶴(Fl) [演奏会]
2014年1月23日(木) 取材
ピアニストの石川悠子さんが、ご自身のブログで、久しぶりにコンサートに出演するということなので、行ってきました。
演奏は、このビル(丸の内トラストタワーN館)の1Fロビーでおこなわれました。
ロビーの一番奥がステージになります。ちゃんとした演奏会場ではありませんが、音の響きは良かったです(音の抜けと反響のバランスは良かった)。
今回は、アンサンブルシリーズ8回目とのことです。
今回の演奏プログラムは本格的クラシックをたっぷりと聴かせる趣向で、ガツンと楽しめました。
美しい音が、ぶつかり、混ぜ合わさり、溶け合ってホールに響きました。
(リハーサル風景)
美女三人そろい踏み!!
ドレスも華やかで結構でした。
素晴らしい演奏ありがとうございました(*^_^*)
END
ピアニストの石川悠子さんが、ご自身のブログで、久しぶりにコンサートに出演するということなので、行ってきました。
演奏は、このビル(丸の内トラストタワーN館)の1Fロビーでおこなわれました。
ロビーの一番奥がステージになります。ちゃんとした演奏会場ではありませんが、音の響きは良かったです(音の抜けと反響のバランスは良かった)。
今回は、アンサンブルシリーズ8回目とのことです。
今回の演奏プログラムは本格的クラシックをたっぷりと聴かせる趣向で、ガツンと楽しめました。
美しい音が、ぶつかり、混ぜ合わさり、溶け合ってホールに響きました。
(リハーサル風景)
美女三人そろい踏み!!
ドレスも華やかで結構でした。
素晴らしい演奏ありがとうございました(*^_^*)
END
第11回谷中長唄めぐり/2014年1月19日(日)/於:旧吉田屋酒店/東音・若手女流演奏家 [演奏会]
2014/01/19(日) 取材
ブログ仲間のブログで佐藤さくら子さんが、谷中の旧吉田屋酒店で演奏するとのことで、行って来ました。
旧吉田屋酒店 住所: 東京都台東区上野桜木2-10-6
演奏会場は明治の建物で、邦楽(長唄+三味線)にはぴったりの雰囲気です。
旧吉田屋酒店/店の土間が客席になるようです。
演奏プログラム
曲紹介(三味線・坂田舞子さん)
坂田さん・・・「山田抄太郎先生が作曲した『胡蝶の舞』を演奏致します・・・」
左:唄・・・真鍋希帆さん、右:三味線・・・佐藤さくら子さん
唄(真鍋さん)♪~『日がな一日 花から花へ舞うも狂うも あの花ゆえに・・・』
この日は、低音三味線が使われました。(全体に作りが大きい、胴の裏側に穴がある)
次の演目「鏡獅子 胡蝶の巻」
歌舞伎の演目の一つ・・・極簡単に言うと「殿のおそばに仕える小姓が、そばにあった、獅子の頭を持って舞った」という話
アップテンポの曲で、実に小気味良い。だんだん愉快な気分になって来ました。
唄(真鍋さん)♪~『葉影にやすむ蝶の 風に翼かわして飛びめぐる 獅子は勇んでくるくると・・・』
(長い曲らしく、曲は途中で中断されました)
粋な演奏ありがとうございました^-^
左から、真鍋希帆さん、坂田舞子さん、佐藤さくら子さん
演奏者プロフィール
この邦楽演奏会は、毎月第三日曜日に、長唄と小唄を交互にやるとのこと。(入場無料)
先程のステージ部分。普段はこんなふう(帳場)になっています。
END
ブログ仲間のブログで佐藤さくら子さんが、谷中の旧吉田屋酒店で演奏するとのことで、行って来ました。
旧吉田屋酒店 住所: 東京都台東区上野桜木2-10-6
演奏会場は明治の建物で、邦楽(長唄+三味線)にはぴったりの雰囲気です。
旧吉田屋酒店/店の土間が客席になるようです。
演奏プログラム
曲紹介(三味線・坂田舞子さん)
坂田さん・・・「山田抄太郎先生が作曲した『胡蝶の舞』を演奏致します・・・」
左:唄・・・真鍋希帆さん、右:三味線・・・佐藤さくら子さん
唄(真鍋さん)♪~『日がな一日 花から花へ舞うも狂うも あの花ゆえに・・・』
この日は、低音三味線が使われました。(全体に作りが大きい、胴の裏側に穴がある)
次の演目「鏡獅子 胡蝶の巻」
歌舞伎の演目の一つ・・・極簡単に言うと「殿のおそばに仕える小姓が、そばにあった、獅子の頭を持って舞った」という話
アップテンポの曲で、実に小気味良い。だんだん愉快な気分になって来ました。
唄(真鍋さん)♪~『葉影にやすむ蝶の 風に翼かわして飛びめぐる 獅子は勇んでくるくると・・・』
(長い曲らしく、曲は途中で中断されました)
粋な演奏ありがとうございました^-^
左から、真鍋希帆さん、坂田舞子さん、佐藤さくら子さん
演奏者プロフィール
この邦楽演奏会は、毎月第三日曜日に、長唄と小唄を交互にやるとのこと。(入場無料)
先程のステージ部分。普段はこんなふう(帳場)になっています。
END
船橋市役所・第222回ロビーコンサート/フルート:石井智恵さん、ピアノ:井後優弥君/2014年1月15日(水)12時20分~12時50分 [演奏会]
2014年1月15日(水) 取材
#01、フルートの石井智恵さんが、船橋市役所のロビーコンサートに出演するということなので、聴きに行きました(*^_^*)
※演奏曲目変更:次の3曲が演奏されました。①アヴェ・マリア(フルートとピアノ)②ショパン、バラード第4番作品52(ピアノ独奏)③《椿姫》の主題による幻想曲(フルートとピアノ)
#02、船橋市役所全景。
当日は気温2℃、湿り雪の予報(12時)でしたが幸い雪は降りませんでした。
※船橋市役所住所:千葉県船橋市湊町2-10-25
#03、きたろうがこの近辺に来たのはずいぶん久しぶりでした。(多分10年以上ぶり)街並みはすっかり変わっていて、浦島太郎状態でした。
お詫び今回本来掲載すべき写真をアップしました(平成26年2月28日)
今まで、誤って#04の写真をここに重複して掲載していました(-_-;)
#04、市役所玄関近くの男性像
#05、市役所玄関
#06、ロビーコンサート特設ステージ
天井が高く、ステージ後方の反響板もないので(パーティションが布で覆われている)、フルートとしては、音の抜けが良すぎる条件でした。しかし、ピアノの演奏には丁度良い条件と思いました。
#07、井後優弥君・・・ショパンのピアノ曲の解説
ショパンは自分の曲に物語性を持たせるのを排除したそうですが、井後君のピアノ演奏を聴いていたら、人生の壮大なドラマを見ているような気分になりました。
#08、石井智恵さん・・・ジュナン作曲の幻想曲の解説
いつもながら、石井さんのフルートはまろやかな音色で、心あたたまります(*^_^*)
#09、ピアノの井後優弥君とフルートの石井智恵さん
素敵な演奏ありがとうございました(*^_^*)
END
#01、フルートの石井智恵さんが、船橋市役所のロビーコンサートに出演するということなので、聴きに行きました(*^_^*)
※演奏曲目変更:次の3曲が演奏されました。①アヴェ・マリア(フルートとピアノ)②ショパン、バラード第4番作品52(ピアノ独奏)③《椿姫》の主題による幻想曲(フルートとピアノ)
#02、船橋市役所全景。
当日は気温2℃、湿り雪の予報(12時)でしたが幸い雪は降りませんでした。
※船橋市役所住所:千葉県船橋市湊町2-10-25
#03、きたろうがこの近辺に来たのはずいぶん久しぶりでした。(多分10年以上ぶり)街並みはすっかり変わっていて、浦島太郎状態でした。
お詫び今回本来掲載すべき写真をアップしました(平成26年2月28日)
今まで、誤って#04の写真をここに重複して掲載していました(-_-;)
#04、市役所玄関近くの男性像
#05、市役所玄関
#06、ロビーコンサート特設ステージ
天井が高く、ステージ後方の反響板もないので(パーティションが布で覆われている)、フルートとしては、音の抜けが良すぎる条件でした。しかし、ピアノの演奏には丁度良い条件と思いました。
#07、井後優弥君・・・ショパンのピアノ曲の解説
ショパンは自分の曲に物語性を持たせるのを排除したそうですが、井後君のピアノ演奏を聴いていたら、人生の壮大なドラマを見ているような気分になりました。
#08、石井智恵さん・・・ジュナン作曲の幻想曲の解説
いつもながら、石井さんのフルートはまろやかな音色で、心あたたまります(*^_^*)
#09、ピアノの井後優弥君とフルートの石井智恵さん
素敵な演奏ありがとうございました(*^_^*)
END
平川恵里さん(ピアノ)ちば室内管弦楽団と共演/ベートーベン「皇帝」/2013年1月4日(金)ルーテル市ヶ谷ホール [演奏会]
2013年1月4日(金) 取材
平川恵里さん(ピアノ)がちば室内管弦楽団のコンサートにゲスト出演するというので行って来ました。
#01、演奏会チラシ
注)右半分はきたろうが追加
#02、演奏会場・・・ルーテル市ヶ谷ホール
宿泊設備も充実しています。 住所:東京都新宿区市谷砂土原町1-1/JR市ヶ谷駅から徒歩5分
#03、会場エントランス
#04、ステージ&ホール
パイプオルガンが設置されています。 補助椅子を出して対応の大盛況でした。
#05、岩瀬良三楽団長挨拶
#06、平川恵里さん
ピアノ協奏曲「皇帝」演奏直後。
平川さん大熱演でした。フィナーレでは鳥肌がたちました。
大感動でした(^O^)/
#07、原田亮子さん
メンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲演奏直後。
すばらしい演奏でした(*^_^*)
左端は指揮の高橋利幸さん。
#08、#09、平川さん記念撮影
演奏演奏お疲れ様でした。そして、ありがとうございました^-^
#10、演奏者プロフィール
END
平川恵里さん(ピアノ)がちば室内管弦楽団のコンサートにゲスト出演するというので行って来ました。
#01、演奏会チラシ
注)右半分はきたろうが追加
#02、演奏会場・・・ルーテル市ヶ谷ホール
宿泊設備も充実しています。 住所:東京都新宿区市谷砂土原町1-1/JR市ヶ谷駅から徒歩5分
#03、会場エントランス
#04、ステージ&ホール
パイプオルガンが設置されています。 補助椅子を出して対応の大盛況でした。
#05、岩瀬良三楽団長挨拶
#06、平川恵里さん
ピアノ協奏曲「皇帝」演奏直後。
平川さん大熱演でした。フィナーレでは鳥肌がたちました。
大感動でした(^O^)/
#07、原田亮子さん
メンデルスゾーン・ヴァイオリン協奏曲演奏直後。
すばらしい演奏でした(*^_^*)
左端は指揮の高橋利幸さん。
#08、#09、平川さん記念撮影
演奏演奏お疲れ様でした。そして、ありがとうございました^-^
#10、演奏者プロフィール
END
初日の出と初詣/真間山(ままさん)弘法寺(ぐほうじ)(市川市) [きたろう散歩]
2014年1月1日(水) 取材
市内で、初日の出が観測出来る場所は何箇所かありますが、今年は、真間山弘法寺から観測することにしました。
#01、例年に無く暖かい正月で、吐く息もわずかに白くなる程度でした。6時53分、南東の方向に太陽が昇り始めました。
#02、6時55分12秒
#03、6時56分41秒
#04、撮影場所はこんなところです。(春は花見が出来ます)
初日の出ファンが、多数集いました。
#05、弘法寺山門
初日の出観測後、数十m移動しただけで初詣ができます。真間山弘法寺は、江戸時代には、江戸名所図絵や広重の名所江戸百景にも描かれ、紅葉の名所として有名なところでした。
#06、金剛力士 阿形(あぎょう)象・・・山門右側
#07、金剛力士 吽形(うんぎょう)象・・・山門左側
正月のため、ライトアップされていたので、阿形象、吽形像をはじめてはっきりと見ることができました。
#08、真間山弘法寺の史跡説明板
山門、右手前に市川市教育委員会の真間山弘法寺の史跡説明板があります。以下、テキストに読みとったものをそっくり掲載します。
弘法寺は、略縁起によると、奈良時代、行基菩薩が真間の手児奈の霊を供養するために建立した求法寺がはじまりであり、その後平安時代、弘法大師(空海)が七堂を構えて「真間山弘法寺」とし、さらにその後天台宗に転じたとされる。
真間の地は、かつてはすぐ北に六所神社があり、国府が設置されていた古代以来の下総国の中心地であった。そのためここに古くから寺院があった可能性は高く、本来は国府と密接にかかわる寺院であったとの推測もある。
鎌倉時代、この地に及んだ日蓮の布教を受けて、建治元年(一二七五)、時の住持了性が日蓮の弟子で中山法華経寺の開祖日常と問答の末やぶれ、日蓮宗に転じ、日常の子で六老僧の一人日頂を初代の貫首としたと伝える。
鎌倉末期の元亨三年(一二二三)には千葉胤貞により寺領の寄進を受け、延文三年(一三五八)の日樹置文によれば葛飾郡一帯や千田庄(多古町)に多くの寺領や信徒を擁していたことが知られる。また室町・戦国時代には山下に真間宿または市川両宿といわれる門前町が発展し、賑わいをみせていた。
天正十九年(一五九一)、徳川家康より朱印地三〇石を与えられ、元禄八年(一六九五)には水戸光圀も来訪したと言われる。
江戸時代は紅葉の名所として知られ、諸書に真間山弘法寺の紅葉狩りのことが記されているが、明治二一年(一八八八)の火災のため諸堂は焼失してしまった。その後明治二三年(一八九〇)に再建され、現在に至っている。
境内には、日蓮の真刻と伝える大黒天をまつる太刀大黒尊天堂、水戸光圀が賞賛して名づけたといわれる遍覧亭、袴腰の鐘倭、仁王門、伏姫桜とよばれる枝垂桜があり、小林一茶、水原秋桜子、富安風生などの句碑がある。
平成十八年三月 市川市教育委員会
#09、祖師堂
この祖師堂は、数年前(2010年)に建て替えられた新しいものです。
#10、太刀大黒天像(祖師堂内に安置)
#11、祖師堂扉に貼ってあった太刀大黒天像設置のご案内
この像は、正月期間中(1月7日まで)は、祖師堂に安置されているとのこと。
※太刀大黒天堂は境内の最西エリアに位置します。
#12、山門(裏側)
正月期間中は、金剛力士像がライトアップされていたり、太刀大黒天像が祖師堂内に移され(公開され)ていたりと、特別なことをしているので、是非お参りに行かれては如何でしょうか(*^_^*)
最後に、一言
昨年中皆様にはいろいろお世話になりました
今年も宜しくお願い申し上げますm(__)m
市内で、初日の出が観測出来る場所は何箇所かありますが、今年は、真間山弘法寺から観測することにしました。
#01、例年に無く暖かい正月で、吐く息もわずかに白くなる程度でした。6時53分、南東の方向に太陽が昇り始めました。
#02、6時55分12秒
#03、6時56分41秒
#04、撮影場所はこんなところです。(春は花見が出来ます)
初日の出ファンが、多数集いました。
#05、弘法寺山門
初日の出観測後、数十m移動しただけで初詣ができます。真間山弘法寺は、江戸時代には、江戸名所図絵や広重の名所江戸百景にも描かれ、紅葉の名所として有名なところでした。
#06、金剛力士 阿形(あぎょう)象・・・山門右側
#07、金剛力士 吽形(うんぎょう)象・・・山門左側
正月のため、ライトアップされていたので、阿形象、吽形像をはじめてはっきりと見ることができました。
#08、真間山弘法寺の史跡説明板
山門、右手前に市川市教育委員会の真間山弘法寺の史跡説明板があります。以下、テキストに読みとったものをそっくり掲載します。
真間山 弘法寺
弘法寺は、略縁起によると、奈良時代、行基菩薩が真間の手児奈の霊を供養するために建立した求法寺がはじまりであり、その後平安時代、弘法大師(空海)が七堂を構えて「真間山弘法寺」とし、さらにその後天台宗に転じたとされる。
真間の地は、かつてはすぐ北に六所神社があり、国府が設置されていた古代以来の下総国の中心地であった。そのためここに古くから寺院があった可能性は高く、本来は国府と密接にかかわる寺院であったとの推測もある。
鎌倉時代、この地に及んだ日蓮の布教を受けて、建治元年(一二七五)、時の住持了性が日蓮の弟子で中山法華経寺の開祖日常と問答の末やぶれ、日蓮宗に転じ、日常の子で六老僧の一人日頂を初代の貫首としたと伝える。
鎌倉末期の元亨三年(一二二三)には千葉胤貞により寺領の寄進を受け、延文三年(一三五八)の日樹置文によれば葛飾郡一帯や千田庄(多古町)に多くの寺領や信徒を擁していたことが知られる。また室町・戦国時代には山下に真間宿または市川両宿といわれる門前町が発展し、賑わいをみせていた。
天正十九年(一五九一)、徳川家康より朱印地三〇石を与えられ、元禄八年(一六九五)には水戸光圀も来訪したと言われる。
江戸時代は紅葉の名所として知られ、諸書に真間山弘法寺の紅葉狩りのことが記されているが、明治二一年(一八八八)の火災のため諸堂は焼失してしまった。その後明治二三年(一八九〇)に再建され、現在に至っている。
境内には、日蓮の真刻と伝える大黒天をまつる太刀大黒尊天堂、水戸光圀が賞賛して名づけたといわれる遍覧亭、袴腰の鐘倭、仁王門、伏姫桜とよばれる枝垂桜があり、小林一茶、水原秋桜子、富安風生などの句碑がある。
平成十八年三月 市川市教育委員会
#09、祖師堂
この祖師堂は、数年前(2010年)に建て替えられた新しいものです。
#10、太刀大黒天像(祖師堂内に安置)
#11、祖師堂扉に貼ってあった太刀大黒天像設置のご案内
この像は、正月期間中(1月7日まで)は、祖師堂に安置されているとのこと。
※太刀大黒天堂は境内の最西エリアに位置します。
#12、山門(裏側)
正月期間中は、金剛力士像がライトアップされていたり、太刀大黒天像が祖師堂内に移され(公開され)ていたりと、特別なことをしているので、是非お参りに行かれては如何でしょうか(*^_^*)
最後に、一言
昨年中皆様にはいろいろお世話になりました
今年も宜しくお願い申し上げますm(__)m