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市内の今の季節の花2題(千葉県市川市) [きたろう散歩]

2021年4月28日 取材
2021年4月30日 アップ

◇◆高圓寺の藤◇◆
我が市にも藤で有名な寺があります。先々週、開花状況の下見に行った時は、まだ藤の房の先端が開花していなかったので(写真は撮らず)そのまま帰って来ました。
一昨日の午前、そろそろ見頃ではないか思って、市の中心よりやや北にある高圓寺という寺に行って来ました。

#01、寺駐車場
#01高圓寺P723D.jpg
しかし、残念ながら、コロナの重点措置の影響で、寺の境内は入場が禁止されていました。

#02、寺山門
#02高圓寺P715C.jpg
寺の表門へ回って見ましたが、やはり鉄柵で入場禁止措置がされていました。
それでも、山門から藤棚は見えるので、そこから撮影しました。

#03~08高圓寺の藤
#03高圓寺P712B.jpg


#04高圓寺P709B.jpg


#05高圓寺P701B.jpg


#06高圓寺P705B.jpg


#07高圓寺P710B.jpg


#08高圓寺P697B.jpg
この寺の藤は、樹齢200年といわれ、花の房が長い(1m以上)のが特徴です。
他のSNSの情報によると、年々花が小さくなっているらしいとのことですが、まだまだ見ごたえのある藤の花でした。

◇◆郭沫若(かくまつじゃく)記念館の芝桜◇◆
同日の午後、高圓寺の西約2kmのところに位置する、郭沫若記念館の庭の芝桜を見に行きました。

#09、郭沫若記念館入口
#09郭沫若記念館P728B.jpg
この手前にある庭一面に芝桜が栽培されています。

#10、郭沫若記念館の庭全景(芝桜は栽培されていなかった)
#10郭沫若記念館P729.jpg
例年、この庭の左面も右面も全面芝桜が栽培されていますが今年は影も形もありませんでした。
帰宅して、WEBで調べたところ、今年は(栽培を中断して)養生しているのではという記事がありましたが、これも推測情報ではっきりしませんでした。
※この後、この件に関し郭沫若記念館に問い合わせしました。下記、コメント欄を参照してください。

この写真で本ブログが終了では、訪問頂いた皆様に申し訳ないので過去の写真ですが、庭一面の芝桜の画像を次に掲げました(2014年4月19日撮影の未公開画像)。

#11~#13、郭沫若記念館の芝桜(過去の写真)
#11郭沫若記念館P630B.jpg


#12郭沫若記念館P627B.jpg


#13郭沫若記念館P634B.jpg

END

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ハナミズキ・ロードを行く [きたろう散歩]

2021年4月9日取材 
2021年4月12日アップ

タイトルがちょっとオーバーではないか?と我ながら思いましたがこれで行きます・・・
この季節になると数年前だったら、否応なしにハナミズキの花が目に入って来ました。というのは、ジムの行き帰りで通っていた道沿いに複数のハナミズキの木があったからです。
&09新田2丁目G_6393.jpg

数年前から東京外環自動車道の工事が開始されてから、この道は分断され、この道路をほとんど利用しなくなり、この道沿いのハナミズキのことも忘れていました。
数日前に、ふと、このハナミズキのことを思い出し、4月9日取材してきました。

#01、ハナミズキ・ロード終点(Google Mapストリートビューより)
&01ハナミズキロード入口ストリートビュー.jpg
ハナミズキ・ロードとは、私が勝手に付けた名前です。この道路は、JR総武線の約300m南側を総武線と平行に東西に走っている道路です。一方通行の狭い道ですが、直線的に約1.6kmも続いている道路です。
※進入禁止の標識より画面奥(西方向)へ進行して取材しました。

#02~05、ハナミズキ①(きたろう散歩)
&02平田3丁目G_6362.jpg

&03平田3丁目G_6364.jpg

&04平田3丁目G_6366.jpg

&05平田3丁目G_6369.jpg
#01地点から約400m進んだところにあるハナミズキ。あるマンションの南側に6~7本並んで植えてあります。
ハナミズキは、桜に続いて咲きだす花で、桜に比べると地味な色合いですが、ハナミズキのファンだという方は結構いらっしゃいます。

#06、東京外環自動車道
&06外環自動車道G_6389D.jpg
ハナミズキ①からさらに西へ350m進んだところ。東京外環自動車道を渡る歩道橋上から北方向を望む。ハナミズキ・ロードは外環自動車道で分断されため、この道はめったに利用しなくなりました。
※画面奥の高架はJR総武線です。

#07~09、ハナミズキ②(きたろう散歩)
&07新田2丁目G_6391.jpg

&08新田2丁目G_6392.jpg

&09新田2丁目G_6393.jpg
外環自動車道からさらに西へ約300m進んだところ。
一青窈さんが歌っている「薄紅色の・・・」のハナミズキは、このハナミズキですね。

#10、新田南公園前から西方を望む(Google Mapストリートビューより)
&10新田南公園ストリートビュー.jpg
薄紅色のハナミズキの咲いていたところからさらに300m西に来たところ。新田南公園の前です。
この先500mでハナミズキロードは終わります。

#11~13、新田南公園の藤(きたろう散歩)
&11新田南公園G_6399.jpg

&12新田南公園G_6396C.jpg

&13新田南公園G_6397.jpg
公園内に藤棚があり藤が咲いていました。
藤は4月下旬からと思っているので、ちょっといつもより早いような気がしますが・・・
この地点から、さらに西方へ進むとまだまだ、木に咲く花(木蓮等)が見られますが、大分時間が経過してしまったので、ここで打ち切りとしました。
久しぶりに、ハナミズキの花に接し、すがすがしい気持ちになりました。
END

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桜探訪記(Ⅰ)江戸川区篠崎 [きたろう散歩]

一昨日、通っているジムのそばの桜の開花状況をみましたが、まだ、6分咲きほどでした。
都内は、すでに満開というニュースが流れているので、昨日江戸区の桜を求めて江戸川を渡りました。
目的地は江戸川区の都立篠崎公園です。事前に調べたら、駐車場が、緊急事態宣言が解除されたにも関わらず閉鎖されていたので、自転車で行くことにしました

#01、江戸川水閘門(水門部分)(きたろう散歩)
#01江戸川水閘門(水門部)P020.jpg
江戸川水閘門とは、江戸川が江戸川放水路と旧江戸川に分岐した直ぐ下流の旧江戸川に設置された施設(水門+閘門)です。この写真は、本施設を千葉県(市川)側から見た水門部分です。
一般の、車両、バイクは通行禁止です(自転車は可)。

#02、江戸川水閘門脇の桜(きたろう散歩)
#02江戸川水閘門P021B.jpg
この写真は、江戸川水閘門の閘門部分、今立っている所の直ぐ後ろに水門があり、それを閉じて水面の高さの調整をやっているところです。見えているボートは、閘門通過のためここで待機しているところです。
向かって右の岸は江戸川区です。

#03、江戸川水閘門脇の桜(きたろう散歩)
#03江戸川水閘門P034.jpg
#02の画面右側と#03が、江戸川区の領域ですが、開花上京は6分程と推定されました。やはり、この辺りは、東京都心よりも開花の進行は遅いようです。

#04、コロナ関連の注意書き
#04江戸川水閘門P024C.jpg
ここは、公園として整備された場所ではなさそうですが、花見時期は人が集まるようで、「コロナ感染拡大の注意書き」が掲げられていました。

#05、江戸川水閘門脇の桜(きたろう散歩)
#05江戸川水閘門P033.jpg


#06、江戸川水閘門脇の桜(きたろう散歩)
#06江戸川水閘門P031.jpg


#07、江戸川水閘門脇の桜
#07江戸川水閘門P035.jpg
この後、次の目的地に向かいました

#08、篠崎ポニーランド
#08ポニーランドP038.jpg
次の目的地への途中・・・ポニーランドは営業していました。

#09、篠崎公園駐車場
#09P1050040.jpg
ネットの情報どおり、駐車場は閉鎖されていました。

#10、篠崎公園入口
#10篠崎公園P041.jpg
篠崎公園にやって来ました。やはり「コロナ感染防止の注意書き」が掲げられていました。

#11、篠崎公園の桜
#11篠崎公園P077.jpg
わたしに○○分咲きと判断する能力はありませんが、一応篠崎公園の桜(よめいよしの)は6分咲きということにします
     
#12、篠崎公園の桜
#12篠崎公園P068.jpg
この辺は、3~4分しか咲いていないようです。 江戸川区の桜の開花は、都心より進行が遅いようです。
     
#13、篠崎公園の桜・クローズアップ(きたろう散歩)
#13篠崎公園P065.jpg
     
#14、篠崎公園の桜・クローズアップ(きたろう散歩)
#14篠崎公園P071.jpg
     
#15、篠崎公園の桜・クローズアップ(きたろう散歩)
#15篠崎公園P072.jpg
     
#16、篠崎公園の桜・クローズアップ(きたろう散歩)
#16篠崎公園P075.jpg
    
#17、篠崎公園東に咲くオオシマザクラ(きたろう散歩)
#17オオシマザクラP047.jpg
以上#16まで、江戸川水閘門の桜を含め桜の品種は染井吉野でした。この写真は、公園東部分に咲いているオオシマザクラですがほぼ満開でした。 しかし、遠目で見ると、白~緑に見え地味なのでこの写真のみの掲載とします
     
#18、公園内点描(紙芝居)
#18篠崎公園紙芝居P087.jpg
公園に紙芝居が来ていました。ずいぶん、久しぶりに紙芝居屋さんを見ました(恐らく40年振り位)。まだ、存続していたんですね(@_@)
     
#19、公園内点描(おでん屋さん)
#19篠崎公園おでんP089.jpg
同様、屋台のおでん屋さんを見るのは、20年振り位と思われます。
     
この日は、車が使えず、自転車で取材しましたが、風が強く、大変こぎずらく、疲れました(-_-;) しかし、晴れていて、桜のきれいな写真が撮れて良かったです(^O^)/ END

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さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅳ(寺川邸・続) [きたろう散歩]

お久しぶりです。また「さだまさし」シリーズに戻ります。

 
前回『さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅲ(寺川邸・下)』では、自分のオリジナル写真または手持ちの写真集のなかで、雅志君が高校時代に下宿をしていた寺川邸の在りし日の写真を探しましたが結局見つかりませんでした。
今回は、図書館に収蔵されている市川の町並みが写っている写真集や航空写真集を調べることにしました。
その前に、まず、国土地理院のホームページの航空写真を調べました。

#01、市川市菅野2丁目(寺川邸)付近の航空写真(1976年)
#01航空写真寺川邸1976年図面D.jpg
雅志君が寺川邸に下宿していたのは1967から1972年( 昭和42年〜昭和47年)なのでこの航空写真が撮られた1976年は、市川市内の別の場所(市川市新田1丁目)に住んでいました。寺川邸の母屋と離れの位置関係等は、さださんの著書の記述から推定しました。
   

 次に、図書館のリファレンスの係の方に、市川の写真集や千葉県の航空写真集等を4、5冊教えてもらい、寺川邸の写真を探しました。その結果、千葉県の各地を写した写真集の中に寺川邸が写っているのがありました。

#02、市川市本八幡・菅野地区の航空写真
#02市川市本八幡菅野上空航空写真1987年.jpg
「空から千葉県」(航空写真集) (1987年)より引用

市川市本八幡上空から本八幡と菅野地区の広域を写した航空写真ですが、寺川邸は豆粒程にしか写っていません。
この写真の白枠線部分を拡大したものを#03で示しました。

#03、市川市日出学園&寺川邸近辺の航空写真
#03市川市日出学園&寺川邸航空写真1987年.jpg
「空から千葉県」(航空写真集) (1987年)より引用
画像がぼやけない程度に拡大しましたが、菅野台ハイツの2棟ははっきり認識できました。しかし、寺川邸の母屋や離れは、はっきりと認識は出来ませんでした。
    

結局、図書館所蔵の写真集の中に寺川邸の遠望写真はありましたが、近接写真は見当たらず、もやもやした気分のまま、寺川邸の写真の探索を終了しました。
    

そこで、気分を変えて、雅志君が寺川邸に下宿していた、1967から1972年( 昭和42年〜昭和47年)当時の寺川邸の近隣の写真を探しました。寺川邸のある市川の菅野といえば黒松が林立する高級住宅街というイメージです。この黒松が林立するイメージは菅野から西に新田、真間へと続いています。
このイメージにぴったりの写真が、手持ちの写真集の中にありました。

#04、市川市新田から菅野にかけての黒松の様子(昭和48年)
#04市川市新田菅野の黒松の様子.jpg
「市川市史写真図録(この街に生きる、暮らす)」より引用


この写真は、昭和48年、市川市新田5丁目から寺川邸のある菅野2丁目の方を俯瞰撮影したものです。黒松と住宅が共存している様子が良くわかります。寺川邸のある菅野2丁目は撮影地点から約700m先でぼんやりとかすんでいますが、私の記憶では、当時、この写真の手前の新田から奥の菅野2丁目まで連続的に同じような雰囲気の町並みだったと思います。寺川邸のある菅野2丁目の町並みの雰囲気をこの写真で感じて頂きたいと思います。
昭和48年という年は、さださんは前年(昭和47年)、吉田正美と長崎でグレープとしてデビューし、昭和48年の9月まで長崎で暮らしていました。昭和48年9月に、プロデビューのため再上京した年にあたります。
この写真の写っている範囲を#05に掲載しました。

#05、「市川新田から菅野にかけての黒松の様子」撮影範囲(地図)
#05市川市新田・菅野の黒松林.jpg
#04の写っている範囲は、京成線市川真間駅から京成菅野駅の沿線及びその北側100~500mの範囲で、かつて東京の老舗の商家や会社社長の別邸などが多数ありました。寺川邸も、元々、木場の老舗の材木問屋の別荘兼寮だったもので、それをさださんが下宿していたときのお爺さんの代から住みはじめたものです。
そのいきさつについては、さだまさし著作の「ちゃんぽん食べたかっ!」から抜粋して下記に示しました。

 「ちゃんぽん食べたかっ!」(第1章 中学生放浪記 P56)より抜粋 『寺川家は代々、木場の老舗の材木問屋の番頭を務めていたのだそうだ。僕が引っ越した時には既に亡くなっていたが、この家のおじいさんが引退する時の「退職金代わり」にその材木屋の主人が別荘として持っていた「寮」をそっくり贈ったというのだから、昔の金持ちの気っぷの良さには驚いてしまう。』


寺川邸は、航空写真の真上からの写真と斜め上からの遠望写真しか発見できず、その存在は確認できましたが、どんな家だったのかという実在感は得らず残念な気分で、寺川邸の写真の探索は終了しました。
****************************************
次回は、寺川邸の敷地に外環自動車道が通った現状を、実写真とGoogle Mapのストリートビューで紹介致します。
寺川邸の跡地をストリートビューで探索しているときに、思いがけない大発見がありました。
それは、次回お話させていただきます。
<続く>
引用文献
1)「空から千葉県」(航空写真集)昭和62年(1987)10月28日発行、出版社:千葉日報社
2)市川市史写真図録(この街に生きる、暮らす)・・平成26年(2014)11月3日発行(市川市文化国際部文化振興課発行)
3)「ちゃんぽん食べたかっ!」さだまさし著、2015年5月30日発行、NHK出版

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観梅記(千葉県袖ヶ浦市) [きたろう散歩]

2021年3月10日取材
2021年3月12日アップ

お天気も良く気温も高そうなので、何回か行ったことのある袖ヶ浦公園に梅園に行って来ました。
#00八重揚羽P805.jpg
(きたろう散歩)

#01、袖ヶ浦公園前交差点
#01袖ヶ浦公園前交差点P871C.jpg
目的の公園に到着

#02、袖ヶ浦公園第一駐車場
#02袖ヶ浦公園第一駐車場P870C.jpg
結構来園者が多いようだった(駐車場は8~9割の入り)

#03、梅園入口
#03梅園入口&P803.jpg
例年だと、「梅まつり」と大きく書かれた横断幕が貼られていますが、それは見当たりませんでした。

#04、コロナ禍の梅園(きたろう散歩)
#04梅園P815.jpg
コロナ禍の現在、園内はひっそりしていました。

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河津桜開花情報(江戸川沿い)① [きたろう散歩]

昨日AM、関わりのある某SNSを閲覧していたら、「河津桜開花」の投稿を見て、急に地元の江戸川沿いの河津桜が気になって、カメラを持って出かけました。

#01、江戸川沿いの河津桜並木
&01P1040772.jpg
並木が茶色っぽい・・・ということは、まだまだつぼみも多いということか?

#02、河津桜と駅前のツインタワービル
&02P1040764.jpg
前回の「ダイヤモンド富士」の記事で、「一輪だけ開花した」と紹介した木と同じ木です。この部分を見ると、2~3分咲きというところか?

#03、この部分は3~4分咲き?(きたろう散歩)
&03P1040767.jpg


#04、この部分は6~8部咲き?(きたろう散歩)
&04P1040769.jpg


#05、春のうらら・・・(きたろう散歩)
&05P1040771.jpg
画面だけ見るとおだやかな春の景色ですが、前方(西)からの風が強烈で、風圧でカメラを持つ手が安定しませんでした。
予報で、気温は17度まで上がっているはずですが、風が強くぽかぽか陽気とはなりませんでした。

#06、昼の月が出ていました(14時36分)
&06P1040761.jpg


#07、河川敷公園の利用制限
&07P1040775.jpg
昨年の今頃、このような状況になるとは全く予想もつきませんでした(もっと楽観的に考えていた)。

#08、・ ・ ・
&08P1040780.jpg


#09、対岸の景色
&09P1040758.jpg
完全に春の空気感です。
水曜にまた見に来よう・・・
END




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さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅲ(寺川邸・下) [きたろう散歩]

さだまさしシリーズは、「ダイヤモンド富士」や「木星・土星接近」の記事で中断してしまいました。
遅筆故、さだまさしシリーズ途中で、新たな興味ある出来事がおこり記事としてアップしてしまったからです。ご了承ください。今回また、さだまさしシリーズに戻り続けたいと思います。
さて、今回のテーマは、さだまさし氏(=以下雅志君とも呼称)が昭和42年から昭和47年(1967~1972)(中学3年の春から大学2年の春まで)に下宿していた寺川邸のありし日の写真を探し出すということです。

まず、私のオリジナル写真に何か無いかと調べました。
寺川邸は菅野2丁目にありましたが、この近辺の写真として、次の写真がありました。本シリーズⅠにも掲載しましたが、建替え直後の日出学園幼稚園から東方の外環自動車道の工事現場の方を撮影した写真です(2009年9月)。

#01、日出学園幼稚園から東方を望む(2009年9月)(きたろう散歩)
#01日の出幼稚園から東方を望む2009年.jpg
※日出学園幼稚園・・・市川市菅野2丁目21−12

当時の状況を、ネットで公開されている国土地理院の航空写真で確認してみました。

#02、寺川邸付近の航空写真(国土地理院 2009年)
#02寺川邸付近付近の航空写真2009年.jpg
※寺川邸・・・市川市菅野2丁目18-10
2009年は、外環自動車道(市川区間)の用地買収が大分進んだという状況でした。寺川邸は外環自動車道の工事で最終的には解体されましたが、2009年当時は、まだ寺川邸が残っていました。但し、この写真をよく見ると、寺川邸の母屋の西側と南側の一部は解体され削られているようでした。

#03、寺川邸の場所の推定(写真#01の拡大写真)(きたろう散歩)
#03寺川邸の推定位置2009年.jpg
#03の写真は、#01の写真を拡大したものですが、#02の航空写真の寺川邸の位置と照らし合わせて見ると、#03の写真中赤矢印の先あたりに寺川邸があったと推定されます。
このときは、外環自動車道の工事状況を撮影しに行ったもので、この辺に、かつて雅志君が住んでいたということは全く認識していませんでした。

因みに、当時撮影した他の写真も掲載します。

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さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅱ(寺川邸・中)❖❖書き直し版❖❖ [きたろう散歩]

さだまさしのコンサートの記事をはさんだこともあり、本テーマの記事の投稿は久しぶりとなります。
前回アップした記事では、寺川家敷地内の寺川邸母屋、寺川邸離れの位置の推定で重大な誤認がありその記事は保留(没)としました。今回、新たに寺川邸母屋・離れの位置の推定を行ないました。これを『寺川邸・中❖❖書き直し版❖❖』としてアップいたします。(※2020-09-04 にアップした「(寺川邸(中))は今回、全面的に「没」とさせて頂きます。」
*****************************************
2020年10月23日 アップ
さて、「寺川邸(上)」で、寺川邸の住所が「菅野町5丁目266番地」というところまで、探査しましたが、この住所は、旧住居表示の方式で、このままでは、現在の場所が特定できないので、現在の住居表示方式での住所を探りました。
尚、今回の記事は、かなりマニュアックなものなので、さらっと内容を知りたい方は、本ブログ末尾の#13の図と文章、及びさだまさし著「ちゃんぽん食べたかっ!」の寺川邸の記述に関する抜粋(#09の下及び#11の下の枠で囲んだ文章)を読んで頂ければ十分です。


◆◆寺川邸の住所の特定◆◆
#08、寺川邸の住所の特定①(市川市菅野)
#08昭和41年住宅地図(市川市菅野).jpg
寺川家の住所は、昭和41年(注)の住宅地図で「菅野町5丁目266番地」でした。
注)雅志君は、昭和42年から寺川家(離れ)で暮らしているので、昭和41年時点では、ここに住んでいません。

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さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅱ(寺川邸(中))に関する緊急告知 [きたろう散歩]

一昨日(9月4日)夜、「さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅱ(寺川邸(中))」をアップしましたが、昨日の朝になって、「寺川邸の母屋と離れの推定」が、一部のほころびもなくあまりにも見事に推定が完結していたことに自分自身で疑念を持ちました。そこで、同日午後に、寺川家の記載してある住宅地図を、年代順(さだまさしが住んでいた頃から外環工事が完了した2019年迄)に図書館で閲覧しました。そしたら、アップしたブログの寺川家の母屋と離れの推定は、誤りである可能性が濃厚にになりました。
そこで、「さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅱ(寺川邸(中))」の内容は、暫定処置で保留とさせて頂きます。(ブログの「誤り濃厚の箇所」は、取り消し線を引いてあります)
この件は、さらに慎重に検討し、訂正版をアップ予定です。
宜しくお願い致します

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2020年10月23日【保留⇒没】に変更しました。







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さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅱ(寺川邸(中))ちゃんぽん 食べたかっ!ネタバレ少しあり!! [きたろう散歩]

本記事には、肝心なところに、重大な誤認があり、この記事を『没』とさせて頂きます。 『さだまさし市川市ゆかりの地の探索Ⅱ(寺川邸(中))』は、全面的に、内容を書き換えて、再アップ致します。  2020年10月23日記
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原作本「ちゃんぽん食べたかっ!」では、寺川邸の説明でさらに「敷地内には豊田通商の社宅などに使っている二軒のアパートが建っており、裏通りに面した駐車場もあった。立派な母屋の廊下とL字型に繋がったこの立派な「離れ」には横に六畳、八畳、十畳と三つの部屋が並んでいた。」と記述されていました。
この記述と1966年の住宅地図及び1999年の電子地図から総合的に判断して、寺川家敷地内の建物等の詳細を図#09、#10の様に推定しました。

#09、寺川家敷地内建物の解析①
#09寺川家敷地内建物の解析①.jpg


#10、寺川家敷地内建物の解析②
#10B寺川家敷地内建物の解析②.jpg

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