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鎌倉散歩Ⅰ(長谷寺・御足参り) [きたろう散歩会]

最大の趣味の一つの散歩会は、ここ2年間中断しています。第6波はピークを越え、感染者減少が続いていましたが、減少傾向も止まり、リバウンド(第7波)の兆候さえ見え始めました。
ということは、ここ数ヶ月のスパンで見れば、感染者数は今が底と考え、散歩会を挙行することにしました。
逗子に友人がいるのですが、4月5日は逗子海岸からダイヤモンド富士が観測出来るのでこの日に散歩会をやることにしました。
当日、AMは長谷寺の参拝をしました。

#01、長谷寺全景
#01長谷寺全景-02.jpg
江ノ電長谷駅から徒歩5分、丁度桜も見頃でした。

#02、「御足参り」案内の看板
#02長谷寺御足参り看板-08B.jpg
今日の参拝の目玉は、この「御足参り」というお参りです。

#03、長谷寺本堂(観音堂)
#03長谷寺本堂-09B.jpg


#04、本堂入口
#04長谷寺本堂入口-12C.jpg


#05、十一面観音菩薩像(TV番組画像)
#05長谷寺十一面漢音像-12D.jpg
長谷寺のご本尊様で、高さ9m強の木像で、国内では最大級の像だそうです(堂内撮影禁止のため、TV番組(注)の画像を引用しました)
注)テレビ朝日「じゅん散歩」2022年3月21日放送

#06、御足参り(TV番組画像)
#06観音様御足参り(TV画像)-12E.jpg
観音像の足に手を触れ、観音様に自分の願いを伝えるというのが御足参りです。コロナ禍のため像の足には手拭を介して接しています(通常であれば直接触れることが出来る)。
(画面左=高田純次さん、右=2020ミス鎌倉・中塚星来(せいら)さん

#07、桜と観音堂
#07観音堂と桜-17B.jpg


#08、桜越の見晴台
#08桜アップ背景見晴台-15B.jpg


#09、見晴台より由比ガ浜、逗子海岸方面を望む
#09A由比ガ浜方面眺望-21B.jpg


#10A、見晴台より由比ガ浜のボードセーリング(静止画)
#10A由比ガ浜ボードセーリング静止画.jpg



#10、見晴台より由比ガ浜のボードセーリング(動画)
#10B由比ガ浜ボードセーリング動画.png
動画はスマホでQRコードを読取ってご覧ください。

#11、長谷寺裏山
#11長谷寺裏山-18B.jpg


#12、境内点描(桜)
#12長谷寺(桜)-26B.jpg


#13、境内点描(花名不明)
#13長谷寺(花名不明)-25B.jpg


#14、境内点描(桜)
#14長谷寺(桜)-27B.jpg


#15、境内点描(和み地蔵)
#15長谷寺和み地蔵-29B.jpg


#16、長谷寺山門
#16長谷寺山門-30B.jpg
この後、由比ガ浜に立ち寄った後鎌倉へランチに向かいました。(続く)

#付録、御足参りで使用した手拭
#17御足参りで使用した手拭-12F.jpg

<鎌倉Ⅱに続く>

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瑞鳳殿見学記(その3の補遺版) [きたろう散歩会]

2019/7/19 FRI. 取材
2020/4/14 WED. アップ

◆コロナ感染防止対策で、外出がままならず、はからずも時間が出来、SO-NETブログで気になっていたが、手付かずだったことについて作業を始めています。
その、第一弾として、2019年10月4日にアップした「瑞鳳殿見学記(その3)」について、今回補遺版をアップすることにしました。
2019年10月4日以降の調査で、前回、参考写真としてアップ出来なかった写真、または、アップしたが誤ったメージでアップした写真に関し、今回、補遺版として、より正確な写真(またはイラスト)をアップしたいと思います。


<補遺版本文開始>
前回は「瑞鳳殿見学記(その2)」、瑞鳳殿の”臥龍梅”まで、やってきました。(臥龍梅は、瑞鳳殿の手前向かって左側(東側)に位置します)
臥龍梅のさらに左(東側)に、瑞鳳殿資料館があります。

#29&#30、瑞鳳殿資料館全景
#29瑞鳳殿資料館全景ウイキペディアより.jpg

#30瑞鳳殿資料館(公式HPより).jpg
引用:#29はウイキペディアより、#30は瑞鳳殿ホームペジより

#31、瑞鳳殿資料館内部
#31瑞鳳殿資料館内部(公式HPより).jpg
※本写真は、瑞鳳殿ホームページより引用
資料館の奥の隅で、伊達政宗に関するビデオが放映されていました。タイトルは2本あり、各々16分位のビデオでした(1本は、瑞鳳殿・感仙殿・善応殿に関するもの(タイトル失念)、もう1本は、確か「政宗公と仙台」というタイトルだった。)
このうち、瑞鳳殿・感仙殿・善応殿に関するビデオの一部の音声のみを録音しました。

#32、瑞鳳殿案内音声
今回の見学記その3では、このビデオの音声の内容に沿って、レポを進めて行きたいと思います。以下の写真#33から#55は、音声の内容に沿ったものを、ネット上から探して転載したものです。これらの写真は、資料館内の展示物ともほぼ共通するものでした。
◆つまり、このビデオ音声を再生し、同時に以下の写真#33から#55を順次見るようにすると、「紙芝居」を見るがごとく、「瑞鳳殿」、「発掘された政宗の遺骨」、「政宗の副葬品」等に関する写真を鑑賞できます(約7分間)。
※資料館内は撮影禁止で、資料館の展示物を撮影し、その写真をアップするというわけにいかないので、このような試みをしました。


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瑞鳳殿見学記(その4)掲載延期 [きたろう散歩会]

2019/10/15 MON.

経ケ峯には、瑞鳳殿の西方に二代藩主伊達忠宗(ただむね)の御霊屋である感仙殿及び三代藩主伊達綱宗(つなむね)の御霊屋である善応殿もあります。
これらについては、「見学記(その4)」としてアップするつもりでした。
しかし、瑞鳳殿資料館以降の後半、やや駆け足で取材したせいか、納得できる写真があまり撮影出来ませんでした。
近々、仙台にまた行く予定があるので、感仙殿、善応殿について再取材し、その後「見学記(その4)」としてアップしたいと思います。
宜しく、ご了承の程お願い致します。
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瑞鳳殿見学記(その3) [きたろう散歩会]

2019/07/19 FRI. 取材
2019/10/4 FRI. アップ
◆今朝、SO-NETブログにログインしようとしたら、いままで見たことのない画面でIDとパスワードを要求され、既存のID、パスワードをいくら入力しても、ログイン出来ず、あせった(-_-;)
(登録していたメールアドレスが、無効になっていて、SO-NETからSSブログへの切り替えの連絡が来なかったようだ)
ともあれ、なんとかSSブログに切り替え、投稿を続けることが出来ました。
<本文開始>
前回は、瑞鳳殿の”臥龍梅”まで、やってきました。(臥龍梅は、瑞鳳殿の手前向かって左側(東側)に位置します)
臥龍梅のさらに左(東側)に、瑞鳳殿資料館があります。

#29&#30、瑞鳳殿資料館全景
#29瑞鳳殿資料館全景ウイキペディアより.jpg

#30瑞鳳殿資料館(公式HPより).jpg
引用:#29はウイキペディアより、#30は瑞鳳殿ホームペジより

#31、瑞鳳殿資料館内部
#31瑞鳳殿資料館内部(公式HPより).jpg
※本写真は、瑞鳳殿ホームページより引用
資料館の奥の隅で、伊達政宗に関するビデオが放映されていました。タイトルは2本あり、各々16分位のビデオでした(1本は、瑞鳳殿・感仙殿・善応殿に関するもの(タイトル失念)、もう1本は、確か「政宗公と仙台」というタイトルだった。)
このうち、瑞鳳殿・感仙殿・善応殿に関するビデオの一部の音声のみを録音しました。

#32、瑞鳳殿案内音声
今回の見学記その3では、このビデオの音声の内容に沿って、レポを進めて行きたいと思います。以下の写真#33から#55は、音声の内容に沿ったものを、ネット上から探して転載したものです。これらの写真は、資料館内の展示物ともほぼ共通するものでした。
◆つまり、このビデオ音声を再生し、同時に以下の写真#33から#55を順次見るようにすると、「紙芝居」を見るがごとく、「瑞鳳殿」、「発掘された政宗の遺骨」、「政宗の副葬品」等に関する写真を鑑賞できます(約7分間)。
※資料館内は撮影禁止で、資料館の展示物を撮影し、その写真をアップするというわけにいかないので、このような試みをしました。

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瑞鳳殿見学記(その2) [きたろう散歩会]

2019.7.19 FRI. 取材
2019.9.30.MON.アップ
前回ブログのラストの写真を再度掲載します。

#17、瑞鳳殿2
#17瑞鳳殿2.jpg
瑞鳳殿本体の直近の唐門の下までやって来ました。
ここで、前回の写真#05から#17までの撮影地点と方向を「(瑞鳳殿等)観覧順路図」に記入してみました。

#18、瑞鳳寺山門から瑞鳳殿までの写真撮影場所と方向
#18瑞鳳殿等観覧順路012カ.jpg


#19、瑞鳳殿3(正面拡大写真)
#19瑞鳳殿3.jpg
前回#16の説明板の文章で「慕股(かえるまた)に瑞鳥(ずいちょう)欄間に飛天、花頭窓(かとうまど)に鳳凰、隅柱に獅子頭など躍動感あふれる彫刻が施されていました。」ということが書いてありましたが、一つずつ写真と照合したいと思います。
① 慕股(かえるまた)に瑞鳥(ずいちょう)・・・瑞鳳殿の扁額の左右にある黒いアーチ状の構造物が慕股(かえるまた)で、その中に描かれているのが瑞鳥(ずいちょう)です。
② 欄間に飛天・・・扁額の下の欄干に3人の天女が飛んでいます。左の天女は笛を、右の天女は琴を奏でています。中央の天女は舞を舞っているものと思われます。
③ 花頭窓(かとうまど)に鳳凰・・・左右の天女と窓の間に書かれているのが鳳凰です。
④ 隅柱に獅子頭・・・獅子頭が隅柱上部に位置しています(この写真では、はっきり獅子頭とはわかりませんが#24で説明します)
     

#20、瑞鳳殿4(さらに拡大)
#20瑞鳳殿4.jpg
扉の上部には、大きな「竹に雀」の紋が鎮座しています。
この扉は、普段は閉まっています。毎年元日、午前8時半から御開帳されるとのこと。その他命日などにも御開帳されるそうです。

#21、瑞鳳殿5(左斜め前から撮影)
#21瑞鳳殿5.jpg
屋根の下の庇状の構造物が二重で、格式高い造りになっています。
手前の説明板は#16の項で紹介した文章
『政宗は生前、ホトトギスの初音を聴くため、ここ経ヶ峯(きょうがみね)に登り、同行の家臣に死後は当地へ墓所を造るように命じました・・・』が書いてあります。

#22、瑞鳳殿6(殉死者の供養塔(左側))
#22瑞鳳殿6.jpg
◆以下説明板より
 主君が亡くなった時に、家臣がその後を追って自ら死ぬことを殉死といい江戸時代初期までその風習がありました。藩主伊達改宗の死に際して、家臣15名と家臣に仕えた陪臣5名の計20名が殉死しました。
こうした殉死者を供養するため、瑞鳳殿の両脇には宝篋印塔という形式の石塔が建てられました。殉死者の墓は各家の菩提寺等にあり、瑞鳳殿両脇に遺骨はなく石塔は供養のためのものと考えられます。現在の石塔は昭和54年(1979)の瑞鳳殿再建の際に作り直されたものです。
瑞鳳殿の左側には9基の供養塔が立っています。
◆各供養塔の供養者氏名
 瑞鳳殿向かって左側(瑞鳳殿すぐ左)、手前から
   2、茂庭采女兼綱
   4、青木忠五郎友重
   6、加藤十三郎安次
   8、喜斎
   10、桑折豊後綱長
   12、小平太郎左衛門元成
   14、渡邊権之允重孝
   ※2~14 伊達政宗公に殉死した家臣
 瑞鳳殿向かって左側(左外側)、手前から
   18、東海林茂傳次
   19、横山角兵衛
  ※18、19 は政宗公に殉死した家臣に仕え殉死した陪臣
※2~19の番号の意味は、説明板には書いてなかったが、恐らく、家臣としての位の順番と思われます。

#23、瑞鳳殿7(右斜め前から撮影)
#23瑞鳳殿7.jpg
このアングルだと、獅子頭の造形が良くみえるので拡大して見ました。

#24、瑞鳳殿8(獅子頭部拡大)
#24瑞鳳殿8.jpg
正面と右方向を向いた獅子頭がありますが、左が「阿」、右が「吽」様式になっているとのこと。

#25、瑞鳳殿9(殉死者の供養塔(右側))
#25瑞鳳殿9.jpg
瑞鳳殿右側の供養塔、こちらには、11基の供養塔があります。
 ◆各供養塔の供養者氏名
 瑞鳳殿の向かって右(瑞鳳殿のすぐ右側)、手前から
1、石田將監興純
 3、佐藤内膳吉信
 5、南次郎吉政吉
 7、菅野勝左衛門重成
 9、入生田三右衛門元康
 11、矢目伊兵衛常重
 13、小野二左衛門時村
 15、大槻喜右衛門定安
 ※1~15は伊達政宗公に殉死した家臣
 瑞鳳殿の向かって右(右外側)、手前から
 16、青柳傅右衛門
 1、加藤藤三右衛門
 20、杉山理兵衛
※16、1、20は政宗公に殉死した家臣に仕え殉死した陪臣
※供養塔は、左に9基、右に11基、合わせて20基の供養塔がありました。

#26、瑞鳳殿10(瑞鳳殿門の裏側)
#26瑞鳳殿10.jpg


#27、瑞鳳殿11(瑞鳳殿の門裏側(右))
#27瑞鳳殿11.jpg
七夕祭り飾りの吹流しが飾ってありました。
※撮影日は7月19日であるが仙台の七夕祭りは8月に実施するので、この吹流しは取り込み忘れではありません。
右側は音声ガイドの機械が置いてあります。タイトルは「経ケ峯」、「伊達政宗」、「瑞鳳殿」他数本ありましたが、再生時間がいずれも、1分30秒と短く、全く物足りませんでした。

#28、臥龍梅
#28臥龍梅.jpg
◆手前の説明板の説明
「臥龍梅」、樹種 ウメ(朝鮮ウメ)
『地面に伏臥する様態から「臥龍梅」と呼ばれ、文禄の役で渡朝した伊達改宗が半島から持ち帰り仙台城に植えさせた後、隠居所であった若林城(仙台市古城)(注)に移植したものといわれている。
 この臥龍梅は、古城の臥龍梅(国指定天然記念物)から取木されたもので、昭和54年(1979)、瑞鳳殿再建を記念して植樹されたものである。』
注)若林城跡は現在、宮城刑務所になっている。
拙SO-NETブログ「きたろう散歩」「ブラタモリトレース・仙台杜の都の秘密(宮城刑務所)編」で、この親木の臥龍梅について取り上げました。
https://hiroshige-kitarou.blog.so-net.ne.jp/2018-11-17
(ただし刑務所内は写真撮影禁止で、きたろう撮影の写真はありません。NHKのTVの写真はあります。)
瑞鳳殿見学記(その2)は以上です。
臥龍梅の右後方は、資料館ですが、次回は、この資料館内の見学記録を取り上げます。
(資料館の見学記では、写真と”ある仕掛け”により、より、実地体験に近い感覚が味わえます。乞うご期待!)
<続く>



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瑞鳳殿見学記(その1) [きたろう散歩会]

取材日、2019.07.19 FRI.
アップ日、2019、09.26 THU.

仙台に帰省したおり開催している散歩会で、今回は、瑞鳳殿見学を取り上げました。
 前回までは、NHKの番組のブラタモリ(仙台編)で、タモリさんが歩いた所をトレースして来ましたが、タモリさんの歩いた所はほとんど追尾し終えたので、今回から、伊達政宗のゆかりの地を巡って見ようと考えました。

#01、瑞鳳寺、瑞鳳殿のパンフレット
#01瑞鳳殿瑞鳳寺パンフ.jpg
瑞鳳寺のパンフは表紙のみ、瑞鳳殿のパンフは表紙と裏表紙。両者とも散歩会当日に入手したもの。

#02、瑞鳳殿案内図
#02瑞鳳殿案内図.jpg
※瑞鳳殿パンフ裏表紙の案内図(一部(北側部分)カットしてあります)。

瑞鳳殿は、青葉城跡から東約900m、広瀬川が大きくS字状に蛇行した内側の経ケ峯の上にあります。

#03、瑞鳳殿近辺の地図(Google Map)
#03瑞鳳殿近辺地図(GoogleMap).jpg
今回瑞鳳殿見学散歩会を募集したところ、参加者が少なかったので、「散歩会」ですが、車を出すことにしました。事前に、瑞鳳殿の住所を調べると「青葉区霊屋下23-2」とあり、その住所でナビを入力すると、瑞鳳殿の南側の住宅地の一角が設定されました(#03の青○印)。この付近に、一般駐車場はなさそうなので、さらに調べたところ、瑞鳳殿観覧者用駐車場(青葉区霊屋下18-12)というのがあったので、これをナビの目的地に設定しました。

#04、瑞鳳殿観覧者用駐車場(Googleストリートビュー)
#04瑞鳳殿観覧者用駐車場.jpg
駐車場は無料でした。

#05、瑞鳳殿案内板(右)と瑞鳳寺入口(左)(Googleストリートビュー)
#05瑞鳳殿等案内板と瑞鳳寺入口.jpg
駐車場から約100m上ったところにある「瑞鳳殿等の案内板」(右)と、瑞鳳寺入口。

#06、瑞鳳殿等総合案内板
#06瑞鳳殿等案内板012.jpg
瑞鳳殿のある一帯は経ケ峯という山地で、全体が伊達家の墓所となっています。案内板左上の部分にそのことが書いてあります。左下は、各霊屋、墓所の観覧順路の図、中央の写真は、戦前・焼失前の瑞鳳殿の写真、その右は、英語・中国語・ハングルの説明文。
左上「経ケ峯伊達家墓所」の説明文を原文のまま以下に掲載します。
『仙台城本丸跡から南東へ約900m、三方向を広瀬川に囲まれた丘陵地を経ケ峯(きょうがみね)と称し、その由来は古く満海(まんかい)上人が東峰に経文を納めたことによるものと伝られている。
ここには仙台藩祖伊達政宗(だてまさむね)公の霊屋・瑞鳳殿(おたまや・ずいほうでん)をはじめ2代忠宗(ただむね)公の霊屋・感仙殿(かんせんでん)、3代綱宗(つなむね)公の霊屋・善応殿(ぜんのうでん)、及び9代周宗(ちかむね)公、11代斉義(なりよし)公、同夫人の墓所である妙雲界廟(みょううんかいびょう)、5代吉村(よしむら)公以降の公子公女の墓所である御子様御廟(おこさまごびょう)がおかれ、藩政時代から伊達家の霊域となっていた。
 昭和6年(1931年)瑞鳳殿と感仙殿は、桃山様式の代表的な廟建築として国宝に指定されたが、昭和20年(1945年)の戦災により善応殿と共に焼失した。戦後経ケ峯は伊達家より仙台市に寄贈され、遺跡として保存されてきたが、昭和49年(1974年)から昭和60年(1985年)にかけて3霊屋が再建され、現在経ケ峯は仙台市指定史跡歴史公園となっている。』

#07、瑞鳳寺山門
#08瑞鳳寺山門.jpg
※#07及び以下の#17まで、きたろうオリジナルの写真です。

#08、「瑞鳳寺」の説明板
#09瑞鳳寺説明板.jpg
瑞鳳寺説明板の内容は以下の通りです。
「正宗山 瑞鳳寺」
 当山は藩祖政宗公の菩提寺として寛永十四年(一、六三七)二代忠宗公によって創建された御一門格寺院である。
御本尊は釈迦、文珠、普賢の三体で平泉毛越寺より遷したもの、梵鐘は寛永十四年忠宗公の寄進によるもので県指定の文化財である。
本堂前の冠木門は三代綱家公 側室椙原(すぎのはら)お品邸にあったもので俗に高尾門といわれている。
栄西堂は臨済宗の宗祖であり又日本に初めてお茶を伝えた、栄西禅師の御像を安置したもので、人間国宝、香取正彦氏の作である。
茶室端新軒は十四代淡々斉好裏千家又隠席写、ニ畳台目の二席。
花塚は、本源流の奥儀を示す石の組かたで、仙台の詩人土井晩翠の詩が記されている、その他伊達安芸の献灯、先代萩の亀千代、政岡、千松の像などがあり境内には多数の花木があります。

#10、瑞鳳寺本堂
#10瑞鳳寺.jpg


#11、瑞鳳殿へ至る階段
#11瑞鳳殿へ至る階段.jpg
瑞鳳殿は、左の階段を登った先にあります。

#12、瑞鳳殿入口
#12瑞鳳殿入口.jpg
観覧料は一般550円(シルバー割引無し)。

#13、「瑞鳳殿」、「政宗公墓室」の説明板
#13瑞鳳殿の案内板.jpg
「瑞鳳殿」の説明文は以下の通りです。
『仙台藩祖伊達改宗公は永禄10年(1567)米沢城に誕生し、18歳で伊達家を相続した。以来、卓越した武将として南奥羽を支配し、「独眼竜政宗」の異名を天下に轟かせた。
 天正19年(1591)豊臣秀吉の命により、米沢から岩出山(宮城県北)に移り10年を過ごした後、慶長6年(1601)徳川家康の許しを得て、35歳の時仙台城を築き、以後、仙台藩の政治、産業、文化の振興に尽力し、また、スペインとの通商貿易を試み、家臣支倉六右衛門常長を使者としてヨーロッパまで派遣する等、伊達62万石の基礎を築いた。
 寛永13年(1636)政宗公は70歳で没し、遺言によって経ケ峯に埋葬された。
瑞鳳殿は、政宗公の霊屋で、桃山様式の豪華絢爛たる廟建築として昭和6年(1931)国宝に指定されたが、昭和20年(1945)戦災で焼失し、昭和54年(1979)再建された。』

「政宗公墓室」の説明文は以下の通りです。
『昭和49年(1974)瑞鳳殿再建に先立って地下墓室の学術調査が行われた。墓室は凝灰岩の切石47個で組立られ内部からは遺骸と共に30余点の副葬品が発掘されている。遺骸は学術調査終了後再埋葬された。』

#14、涅槃門
#14涅槃門.jpg
涅槃門は、瑞鳳殿へ至る一番下の門で、#12瑞鳳殿入口と同じ高さの平面上にあります。

「涅槃門」の説明文は以下の通りです。
『瑞鳳殿の正面門は「涅槃門」(ねはんもん)と呼ばれています。涅槃とは煩悩を取り去った悟りの境地となる状態を意味し、広くは死という意味にもなります。
瑞鳳殿の涅槃門は樹齢数百年の青森檜葉(ひば)を用いて再建され、正面扉上部の蟇股(かえるまた)には瑞獣(ずいじゅう)「麒麟」、左右の妻飾には「牡丹と唐獅子」など焼失前と同様の豪華な飾り彫刻が施されています。』

#15、瑞鳳殿の門
#15瑞鳳殿の門.jpg
涅槃門から階段を約30段昇った、一段高いところにある門。

#16、瑞鳳殿(1)
#16瑞鳳殿1.jpg
瑞鳳殿の説明文は以下の通りです。
『「政宗公の霊屋 瑞鳳殿」 
政宗は生前、ホトトギスの初音を聴くため、ここ経ヶ峯(きょうがみね)に登り、同行の家臣に死後は当地へ墓所を造るように命じました。この遺言に従い、寛永13(1636)年5月24日、江戸で70年の生涯を終えると、仙台に運ばれ、ここ経ケ峯に葬られました。
霊屋瑞鳳殿(たまやずいほうでん)は翌年の10月に完成しています。木造三間四方の建物は漆極彩色によって仕上げられた、桃山文化の遺風を伝える豪華絢爛たる廟で、慕股(かえるまた)に瑞鳥(ずいちょう)欄間に飛天、花頭窓(かとうまど)に鳳凰、隅柱に獅子頭など躍動感あふれる彫刻が施されていました。霊屋内部には須弥壇(すみだん)が設けられ、政宗の尊像(御木像)が安置されており、壁や天井には仏画や鳳凰などが描かれていました。
 瑞鳳殿は昭和6(1931)年に国宝に指定されましたか、昭和20(1945)年の戦災により焼失。昭和54(1979)年に再建されました。
本殿の扉は普段は閉ざされており、政宗の命日(5月24日)、新年の拝礼式など特別な場合に御開帳されます。』

#17、瑞鳳殿(2)
#17瑞鳳殿2.jpg
瑞鳳殿本体は、ここからさらに階段数段を昇ったところにあります。
※瑞鳳殿(その1)は以上です。
<続く>


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