さだまさしミュージアム見学記Ⅲ(さだまさしさん市川のゆかりの場所の探訪) [エンターテーメント]
さだまさしミュージアムへの入場者には、#01の「さだまさしゆかりの市川マップ」が配布されます(芳澤ガーデンギャラリー&木内ギャラリーで)。
#01、「さだまさしゆかりの市川マップ」
前回の小郷畳店探訪に引き続き、さださんの市川ゆかりの場所を訪問しようと思いました。
この絵地図では、表示されている道路は大雑把で、この絵だけでは、正確な場所は分からないので、まずネットで調べました。
ゆかりの場所として、示されている場所のうち平川荘、寺川邸、新田の家、スナックPAM、居酒屋おざわ、亀田屋質店、石乃湯について調べました。
寺川邸、新田の家、スナックPAM、居酒屋おざわについてはなんの手掛かりも得られませんでした。
亀田屋質店と石乃湯は正確な住所までわかりました。平川荘は、現在は取り壊されて無いとのことでしたが、国分2丁目○○番であることがわかりました。
#02、さだまさし市川ゆかりの場所・探訪場所の選定
情報が得られたこの3箇所を探訪し、生写真を撮影しようと機会を伺っていましたが、用事があったり、雨だったりで、なかなか実現出来ませんでした。
7月8日完全OFFで朝雨が降っていなかったので、取材に出かけました。
#03、亀田屋質店・全景
自転車で家を出たとたんに、雨が降って来ました。結構本格的な降りにになって来ました。
#04、亀田屋質店入口
亀田屋質店、この日は定休日でした。
さださんは、高校3年で、ヴァイオリンの道を断念し、音大ではなく一般の大学へ進学しました。ヴァイオリンを断念したことで、親からの仕送りを断ったのは良いが、全く金がなくなり、食いつなぐため、泣く泣くヴァイオリンを質に入れた。その質店が、亀田屋質店です。
※亀田屋質店住所:市川市真間3丁目10-5
次に、石乃湯ですが、ここは飛ばし、先に平川荘(跡)を訪れることにしました。
#05、平川荘(跡地)へのバス通りからの曲がり角
調べた住所と、配布された地図から、平川荘(跡地)へのバス通りからの曲がり角を推定しました。
#06、この坂を上がった所が平川荘(跡地)らしい
#07、平川荘(跡地)
平川荘(跡地)の住所と、配布されたマップのイラストからみて、ここが平川荘(跡地)ときたろうは推定しました。
さださんにとって平川荘は、さださんがほぼ大学時代を過ごしたアパートで、赤貧のアルバイト生活からグレープとしてデビューした時、精霊流しがヒットした時を過ごした、特に感慨深いアパートだそうです。
※平川荘(跡地)住所:市川市国分2丁目○○(現在は個人宅なので詳しい住所は伏せます)
#08、平川荘(跡地)から東方の眺望
#07の写真の右の坂を上った所から、振り返って東方を撮影したものです。
この写真を撮影しているとき、ひとりのご婦人が通りかかり、きたろうを訝しげに見ていました。ここを撮影している道は袋小路だし、雨の中、個人の家の写真を撮っていたので、きたろうが怪しい人間に思われたようです。
#09、下総国分寺
平川荘(跡地)の傍には、下総国分寺があります。
次に、ここから戻って、石乃湯に向かいました。
#10、石乃湯全景
石乃湯は、平川荘のそばで、さださんが良く訪れた銭湯です。
※石乃湯住所:市川市国分2丁目2-21
この時間なのに(2時58分)開店しそうな雰囲気ではない。
#11、石乃湯・西側側面
石乃湯の西側面を観察したが、やはり営業している雰囲気はなかった。
この日の取材は、これで終了、家に帰り、現在、石乃湯が営業しているのかどうかをネットで調べたが、今一、はっきりしませんでした。
(続く)
次回は、さだまさしミュージアが開催されているもう一つの会場の木内ギャラリーを取材し結果を報告したいと思います。
#01、「さだまさしゆかりの市川マップ」
前回の小郷畳店探訪に引き続き、さださんの市川ゆかりの場所を訪問しようと思いました。
この絵地図では、表示されている道路は大雑把で、この絵だけでは、正確な場所は分からないので、まずネットで調べました。
ゆかりの場所として、示されている場所のうち平川荘、寺川邸、新田の家、スナックPAM、居酒屋おざわ、亀田屋質店、石乃湯について調べました。
寺川邸、新田の家、スナックPAM、居酒屋おざわについてはなんの手掛かりも得られませんでした。
亀田屋質店と石乃湯は正確な住所までわかりました。平川荘は、現在は取り壊されて無いとのことでしたが、国分2丁目○○番であることがわかりました。
#02、さだまさし市川ゆかりの場所・探訪場所の選定
情報が得られたこの3箇所を探訪し、生写真を撮影しようと機会を伺っていましたが、用事があったり、雨だったりで、なかなか実現出来ませんでした。
7月8日完全OFFで朝雨が降っていなかったので、取材に出かけました。
#03、亀田屋質店・全景
自転車で家を出たとたんに、雨が降って来ました。結構本格的な降りにになって来ました。
#04、亀田屋質店入口
亀田屋質店、この日は定休日でした。
さださんは、高校3年で、ヴァイオリンの道を断念し、音大ではなく一般の大学へ進学しました。ヴァイオリンを断念したことで、親からの仕送りを断ったのは良いが、全く金がなくなり、食いつなぐため、泣く泣くヴァイオリンを質に入れた。その質店が、亀田屋質店です。
※亀田屋質店住所:市川市真間3丁目10-5
次に、石乃湯ですが、ここは飛ばし、先に平川荘(跡)を訪れることにしました。
#05、平川荘(跡地)へのバス通りからの曲がり角
調べた住所と、配布された地図から、平川荘(跡地)へのバス通りからの曲がり角を推定しました。
#06、この坂を上がった所が平川荘(跡地)らしい
#07、平川荘(跡地)
平川荘(跡地)の住所と、配布されたマップのイラストからみて、ここが平川荘(跡地)ときたろうは推定しました。
さださんにとって平川荘は、さださんがほぼ大学時代を過ごしたアパートで、赤貧のアルバイト生活からグレープとしてデビューした時、精霊流しがヒットした時を過ごした、特に感慨深いアパートだそうです。
※平川荘(跡地)住所:市川市国分2丁目○○(現在は個人宅なので詳しい住所は伏せます)
#08、平川荘(跡地)から東方の眺望
#07の写真の右の坂を上った所から、振り返って東方を撮影したものです。
この写真を撮影しているとき、ひとりのご婦人が通りかかり、きたろうを訝しげに見ていました。ここを撮影している道は袋小路だし、雨の中、個人の家の写真を撮っていたので、きたろうが怪しい人間に思われたようです。
#09、下総国分寺
平川荘(跡地)の傍には、下総国分寺があります。
次に、ここから戻って、石乃湯に向かいました。
#10、石乃湯全景
石乃湯は、平川荘のそばで、さださんが良く訪れた銭湯です。
※石乃湯住所:市川市国分2丁目2-21
この時間なのに(2時58分)開店しそうな雰囲気ではない。
#11、石乃湯・西側側面
石乃湯の西側面を観察したが、やはり営業している雰囲気はなかった。
この日の取材は、これで終了、家に帰り、現在、石乃湯が営業しているのかどうかをネットで調べたが、今一、はっきりしませんでした。
(続く)
次回は、さだまさしミュージアが開催されているもう一つの会場の木内ギャラリーを取材し結果を報告したいと思います。
2015-07-13 12:16
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コメント(9)
開催中に行けたら良いんんですけどねぇ〜
俺も回ってみたいです(^^)
by (。・_・。)2k (2015-07-13 14:29)
はじめまして!
市川のさださんゆかりのスポット、詳細なレポありがとうございます。
実はつい先日、あの地図を頼りに平川荘訪ね歩きました。
現存してると勘違いしてたんですけど、あの近くまで辿り着きました。
場所、判りました。
たくさんの夢が生まれた場所なんですよね。
なんだか、市川を訪ねて以来、グレープの頃のさださんにとても会いたくなってます。
by MS.パンプキン (2015-07-13 17:45)
(。・_・。)2kさんコメントありがとうございます^-^
もし、いらっしゃる時は、平川荘跡地の詳しい住所をお知らせします
(・_・)
by きたろう (2015-07-14 00:54)
●MS.パンプキンさんコメントありがとうございました(*^_^*)
先月末、芳澤ガーデンギャラリーから小郷畳店へ向かう時に、この地図を手に持った、ご婦人(2人連れ)に遭遇しました。
うわさによると、さださんのファンクラブの方は、「さだまさしの市川の足跡の地を巡るツアー」を時々開催しているとのこと。
by きたろう (2015-07-14 01:16)
こんにちは~、昨日ミュージアムに行って来ました。
展示を見ていると、「須和田」「国分」「菅野」等懐かしい地名が・・・おいらが中川中在校時の先生が須和田と国分に住んでおりました。
また、初めての勤務先の一つ下の後輩が菅野の農家?の息子だったりと、結構さださん以外にも接点が多い市川だと改めて思ったひまねねです。
解説ボードの背景の京成電車にちょっと見入ってしまいました。
by ひまねね (2015-07-15 08:30)
ひまねねさんコメントありがとうございます^-^
市川は、東京のベッドタウンという顔を持っているので、こういうことは、良くありがちです。
by きたろう (2015-07-18 09:27)
初めて来ました。
今日の生さだでのさださんの話。
須和田公園脇で1万円札を拾ったさだ青年が、そのまま交番にも行かず、国分のどさん子ラーメンに向かった、と告白してて大笑いしました。
お腹すいてたら誰でもそうしますよね。この1万円札がなかったら、さだまさしは誕生してなかったかもしれないですね。
by だわさぼ (2016-01-01 09:31)
はじめまして、何気なく「平川荘」で検索したらヒットしたので拝見しました。
平川荘跡地、正解です、石垣と数段の石段は当時のまま、向かいのアパートも当時のままのようです、なつかしい。
取り壊しの直前まで平川荘に住んでいました、いつかワールドに掲載された、アパートの看板、まだ手元にあります。
2階建て12部屋のアパートでしたが、取り壊しまで住んでいたのは私と私の同棲相手、友人の通称「とっつぁん」、絵描きの中国人、あとは普通のおばちゃんの5人でした。
「#08、平川荘(跡地)から東方の眺望」
の写真、突き当たりの塀の向こう側に例の「けやき」が生えていました。
当時の事を色々思い出しました、ありがとうございます。
by にきゅ (2016-02-22 02:09)
さだまさしさんがらみの小ネタ。セイヤングで売れてた頃、市〇学園で同級生だった子が「昨日さだまさしの家に行ってきた」と話していました。ピンポンかノックかしたら、普通に本人が出てきたとのこと。「大ファンです。髪の毛一本ください。(ちなみにファンでもなんでも無い)」と言ったら、それはちょった無理です…と丁重に断れたとのこと。ちょうど深夜放送で髪の毛が怪しくなってきたと話題になった時期でした。おおらかな時代でしたね。
by 市川市民 (2020-06-01 19:29)